嫌儲属ブロガー科→嫌儲属アフィリエイター科
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ブログ開設当初を回顧、そして嫌儲絡みの話へ
http://julajp.blog53.fc2.com/blog-entry-618.htmlhttp://minkara.carview.co.jp/userid/176813/blog/7453939/http://julajp.exblog.jp/7979359/からの続きです。
ところで、2007年夏からブロガーイベントを通じてのネットマーケティングに関わるサービスに参加し始めました。
ここでイベントなど参加し、またネットでのマーケティングなどを当たってみる事で色々思う事があったり。
騙しなどが無い、ストレートな意見であったなら?
それであればブログでのアフィリエートもありかなと思えてきました。
嫌儲の話。 - 煩悩是道場
こちらの記事にコメントさせて頂こうかと書き出したら長くなってしまいました。
あるポイントについて書こう、そういうのが出来て居なくて思いつきをツラツラ書いてしまう癖のままなんですよね。
ポイント絞って書けるようにしないとな〜。
●ブログマーケティングプログラムへの興味
2007年初夏からブログマーケティングプログラム、等々がある事に興味を持ち参加しはじめた口です。
情報追いかけていく中で必然的にid:ululunさんの記事なども読ませて頂きブックマークも追わせていただいています。
ネットとマーケティングと言う観点から色々な試みがなされている事を知りとても興味深く、またなんらか関われたら面白そうだと言う気持ちでいます。
●ブログ始めたのは
元々はじめたブログが車ベースでしたから、車の部品を替えてみたと言う話や、どこそこを弄ったよ、そういうのこそ好まれる傾向強かったと思いますし、なるべく体験的な記事を上げたいと思っていました。
が、やはりそういうのって資金やネタに詰まってしまうのですよね。
そうなるとやがてそれ以外の興味にもアンテナを広げていく。
となると、ちょっと珍しげなガジェットや車などモノ・アイテムそのものにも興味がある口でしたので、ちょっと面白そうなモノなどにも手を広げて行きました。
●ブログマーケティングプログラムへの興味から参加へ
そんな中でブログマーケティングプログラムの存在を知りました。
お題で記事を書いて、ちょっとした報酬を貰う。
そういうのとはちょっと違う切り口。
実際に製品を試用したり、イベント参加の感想など体験を重視する。
これらお題として提示されるイベントや試用体験はブログの記事にも厚みや幅を持たせる事が出来て重宝していたりします。
とは言え、過去にHPなど運営しておらずブログを開始したのも2006/02からでしたので、サイト運営やマーケティングなどの実際的な観点経験はとても乏しいです。
折角の機会どんどん参加したいところですが、会社勤め子持ちの為休日で都合がつくときでないとなかなか難しいと言うのが現状。
●ネットの中のブログで稼ぐと言う温度差、感覚
もしもその辺を集中的にこなす事で収入の補助となるなら面白そうだな〜とは思いますが、ネットの中でブログはまだまだアマチュアどころか素人もしくは偏った層発と言うポジションなのかな〜という気配を感じています。
(但し、アルファブロガーさんなどは、既に確立している仕事を更に展開するような形であったりでとても参考になりますが。)
ululunさんの以前の記事でも、ネットマーケティング系記事はブクマなかなか付かない等々ありましたよね。
企業のHPやECサイトのページでない個人ブログは、どうしても素人のお遊び的な位置づけのままなのかもしれません。
●代理店等、店的な機能の乏しさ?
一方イベント等参加して、記事を書く側に回ってみると、自分なりの視点で結構一生懸命レポートしているつもりだったりするので、反応乏しいとうーむ、なんて感覚は強いですよね。
読者さんもそうですし、イベンター、クライアントさんからの反応や声も乏しい。
出来ればクライアントさんがどう思ったとか、実はどうしたかったなんてものがはっきりしてくると、また取り組み方も変わってくるのでしょうけど、良くも悪くもブログの書き手任せ。
あ、そう言えば本業のライターさんだとやはり書けない事はあるだろうな〜と言う点も見えてきたりしますが。
まあ私の場合影響力なんて大して無さそうですし、元の性格が性格ですので単純なヨイショは出来ず、マーケティング側やクライアントさん側からするとあまり使いたくない側になっちゃうかな〜なんて。
それでも個人ブログであったり、ユーザー側発であるからこその情報と、そこから派生するバズマーケティング的な在り方はありと思えるようになってきています。
響く層はどうしても少なくなってしまうと言うのはあると思いますが。
●ちょっと強引ですが、立ち返って流通や小売って元々は?
元々が誰かを介した流通的な商売とかって、売り歩くことが適わない作り手、いちいち買いに出向くことができない買い手、この間を取り持つ行商的側面なんてもあったりしたのじゃないかと思います。
行商するにも、自分が売る事で後々トラブルになりそうなものは扱いたくないのではないか?
また、やはり自信を持ってアピールできるものがいいのではないか?
●今時の利用者への評判や評価のあり方って?対話になれないの?
現代だと製品そのものや評判などに関わる情報は様々なところにあるので、メーカー側でフィルタリングされていないユーザー発の体験や感想を如何に表に出していくか?
それに製造、開発側が応えていく。
できれば明示的なコミュニケーションがしてもらえたら。
個人ブログだと相手や対応は難しいと思います。
あまりに立場が違いますから。
ですので対話が可能となるコミュニティ経由などでも良いのではないかと思います。
最近では、mixi内コミュニティで、メーカーとファンとの対話によって商品が生み出されたりもするケースが出てきているようです。
流石に誰にでも響く大ヒットと言うのは難しいようですが、限られた層にはかなりの支持が得られたりするようです。
製品自体のヒットは兎も角として、ユーザーと対話してくれる姿勢など、ファンを増やす役割も大きいようです。
今までのマス媒体を通じた一方的な宣伝よりも、ユーザーとの対話みたいな形を取り込んだ製品作りも進めてもらえたら?
●対話型の製品作りって無理?
誰にでも売れる大ヒットは難しいと思いますが、対話してくれるメーカーであるからこそなどで、市場自体がより優良なものになる可能性もあるような気もします。
ユーザー発情報が見え、そこと対話するメーカーは当然製品の欠点を見直す機会が増え、また、必要とされているニーズも掴み易くなると思います。
結果、気風などがあえば、世界に問える製品を生み出す優良なマーケットともなりえるのではないか?
消費者として捉えている限りは、フィードバックを得るのは難しいと思いますがユーザーとコミュニケーションする場、機会として上手く機能できないか。
その際、ユーザーもしくはユーザーコミュニティー側としては紹介者、指摘者等々として製品なり対価、評価のフィードバックがあってもいいような気がします。
そういうのが期待できない場合は、その辺のアドバンテージを生かしたアフィリエートみたいのも十分ありではないか?と思えるようになってきました。
●アフィリエート
実は2007年2月あたりからアフィリエートちびちび試しだしてはいましたが鳴かず飛ばず。
それでも試してみた時点から
<嫌儲属ヒト科>
↓
<嫌儲属ブロガー科>
にはシフトしたと思います。
それでも、やっぱりブログで儲けをって言うのはどうかなと言う意識が強い。
● adsense の容認
そして2007年10月末日にあったと言う、佐野元春のブロガーミーティング。
こちらを追いかける事で、Google Adsense や アフィリエートもありなんだな、と認識がシフトしました。
「佐野元春ブロガーミーティング」があったそうです
http://julajp.blog53.fc2.com/blog-entry-520.htmlhttp://minkara.carview.co.jp/userid/176813/blog/6679912/http://julajp.exblog.jp/7313642
感じた事は上記エントリーで記しましたが改めて部分的に
マスメディアを介して顔や存在感を消し去った人々が、商品として切り売りをしていく。
届いて欲しいのは想い。パッケージにして切り売りするのが最大限のメッセージの送信方法でありうるか?
個が感じたこと、共鳴したことをそのままに伝え広げる事ができないか?
「自前主義」
ミュージシャンが思いをベースに動きたいのと、ブロガーもやはり個々人の思いで書き綴る。
そこにダイレクトな接点で共鳴がもたらされたら、なんて意図を感じました。
ミーティングだけでなく、いち早くブログパーツとアドセンスでコヨーテを呼び込むやり方を紹介。
ネットがあるからこそマスではない個と個の繋がりがもてる。
決して新しいわけじゃない、本来あるべき1つの形が示されつつあるような気がします。
あえてGoogleのアドセンスを勧めるのも、作り手と受け手、その間の送り手、そこによりダイレクトな関係を築く事が出来ないか?
そんな思惑もありそうに思えます。
何故ブロガーに?佐野元春ブロガーミーティングに思う
http://julajp.blog53.fc2.com/blog-entry-521.htmlhttp://minkara.carview.co.jp/userid/176813/blog/6679962/http://julajp.exblog.jp/7313676
マスメディア、プロモーションは、受益者であるファンや一般の人々にこそ最大の益が行く事を考えてはどうか?
受益者の心が動けば自発的に広めたい、語りたいという動きが出てくる。
それは必ずしも商品を買うという行動とは限らない。
なんらか別の表現であったりもする。
時に単純なコピーであったり、模倣であったり。
思った事を綴ってみたり、語ってみたり、囁き合ってみたり。
ネット上で思った事を書き出すのもその一つ。
音楽系サイトに演奏を投稿するのも一つ。
今その仕組みを形にしようとしたら、熱過ぎる熱狂的なファンよりも、自分の言葉、意見、メディアを持つブロガーに語り、そこで出来事をそれぞれに静かに語ってもらうのが良い。
ところでグーグルアドセンスを勧めるページがあったりするが、その意味は?
ブログという個人メディアを通じて、自らのお気に入りを語る事で、ブロガーにも、アーティストサイドにも益が生じる機会ができる。
●消費者から脱却できないか?
今までは、消費者として位置づけられ、メーカーが作った形、パッケージでしか受け取る事ができなかった。
しかし、データに置き換え可能な情報は、今までのパッケージングに拘る必要は必ずしもなくなってきた。
また、データである事をいかして、ユーザーが使いたいように使う余地が出てきた。
でもアーティストとユーザーでは、絶対的な思いや経験が違う。
だから全く同質の解釈は不可能だけど、底流に流れる感情や思いは似た波動みたいなもので繋がったりする事もあるのじゃないのか?
場合によっては勘違いみたいのもあるかもしれないけど。
●活用しメーカーやアーティスト、ネットと対話するユーザー
そうやって作品に触れて、そこから自分なりの楽しみ方や活用が自由に出来る。
生活の一部となる。
そんな楽しみ方であったり、アーテイストや作品に言及する事で、adsense に作品がかかってきたら?
そしてアフィリエートとして紹介し、それが元で売り上げが生じるのだとしたら?
それが、関心を寄せる近い業界や作品の売り上げに貢献できる可能性がある。
合わせて自分にも極わずかではあるけどバックがくる可能性がある。
これって、アーティストやその業界を支援し、その見返りにアーティストの作品を手に入れる資金の補助にも出来る。
そんな循環する構造って、何かいいんじゃないか?
そんな風に思え、fc2 のメインブログでadsense を導入してみた。
チェック厳しいと言う事だったのですが駄目元で申請したら通っちゃった。
ブログマーケティングプログラムに関わったことと、そんなこんながあったりで、2007年暮れあたりから
<嫌儲属ブロガー科>
↓
<嫌儲属アフィリエイター科>
に完全にシフトしちゃったな〜と言う感覚です。
情報商材はちょっとどうなんだろうね、一過性でやばすぎじゃない?と言う感覚は強かったりします。
ただ、ぶっちゃけ現実面の収入ちと厳しいのであるいは
<好儲属ブロガー科>
にシフトしちゃうかも?
なんて感覚はなきにしもあらずですが、そもそもビジネスセンスが皆無なんですよね・・・。
今までのマスコミ発情報で製品を買うと言う消費者と言う立場。
それよりも気に入ったモノ、人、メーカーをレコメンドだったり意見しながら結果的な応援が出来るのだとしたら?
勿論、どこかに対話の余地があればそれはとっても喜ばしい事なのですが。
そんな働き、仕組みが出てくるなら喜ばしい限り。
そんなところから闇雲に嫌儲と言うわけではなく
<嫌儲属アフィリエイター科>
そういうのはありだな、と自分的には思えるようになってきて居たりします。
当然、騙しやカタリはNGですけどね。
でも、やっぱり好き嫌いや生理的感覚に関しては、その人次第でしかないと言えばそれまでですが。
テーマ:雑記 - ジャンル:ブログ
ありがとうございます。いずれか一押し、励みになります。
admin edit
[ 2008/01/14 02:23 ]
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ブログ開設当初を回顧、そして嫌儲絡みの話へ
前記事、”ウェブにある限り、いつもそこにある”より連想
http://julajp.blog53.fc2.com/blog-entry-617.htmlhttp://minkara.carview.co.jp/userid/176813/blog/7450873/http://julajp.exblog.jp/7977792/からの続きになります。
ウェブにある限り、いつもそこにある - 更新を止めたサイトからのリファラを見て - 忘却防止。
こちらで、既に更新が止まってしまったサイトについて書かれていました。
止まってしまったけど、なくならずにそこにまだある。
ふと思い返す事ができる、思い出、それが記録としてネット上にある。
それをちょっと懐かしむような情感。
このエントリーについて連想などしていたところ、ブログを続けていく上で忘れ難い出来事がある事を、ふと思い出しました。
その前に先ず、自分がネットで何かを表現するようになったのはこんな感じではありましたが。
HPを作り更新するには骨が折れそう。
何かについて自慢したり、熱狂的なファンとして取り上げずにはいられない、そんな熱さまでゃ持ち合わせて居ない。
そんなの見て頂くには大して面白くもないだろうし続かないだろうなと敬遠していたHP。
でも、やっぱりHPとか形に出来るなら自分も形にしたい欲求は密かに持っていた。
そして、車あたりであれば何らかましな事書けるかも、と始めたみんカラでのブログ。
2006/02からの開始でした。
まだ多様なブログがあるなんて事もそこまで目もいかず、その閉じたSNSスペースの中でなんとか記事にして続ける事に必死と言うか。
何かネタに出来ることは無いか?と生活や日々の些細な出来事にアンテナ一生懸命張っている感じ。
まだ自分と極近い自分の周囲にしか関心が向いて居ないというか。
それから2ヶ月。
2006/04にこんな記事を書きました。
訃報の件、削除させて頂きました。 - jula 【 みんカラ 】 ブログ訃報を是非コピペして広めて欲しいと言うものだった。
まだ右も左も知らず、ああ、これは広めた方がいいのかとまんまと乗ってしまった。
さすがにお友達登録もしていない人だったのでコピペはせず。
足あとに残っていた人のコピペ記事にリンクを張り紹介と言う形にした。
しかしどうも様子がおかしい。
ちょっと調べていくことで、おそらく隠された意図の為に画策された何かでは無いか?と思えた。
冷めた観点からいくと、お金儲けに繋げる為の人の感情を揺さぶる事で効果が出せるキャンペーンが成立するかなという考え方。
商売は先ず集客が第一。
人が集まれば、様々な機会が増える。
知られていなければ、見てもらうこともない。
みんカラやmixiのお友達など、記事更新機能と繋がる仕組み。
こういうのを利用して兎に角繋がりを作る。
そして、ネタで引っ張る。
お涙頂戴系は非常に人々の関心を惹きやすい。
であれば、SNSなど記事更新通知機能を援用して感動巨編、お涙頂戴ものを織り交ぜて読者をリードしていく。
そして、その横でその繋がり、視線、注目を生かしたサイドビジネスをする。
いわば、お祭りの露天商。
人が集まる城下町での茶屋。
絶対数が集まれば、更にその先に繋がっている可能性と言う構造でのビジネスチャンスは広がるだろうし。
お祭りそのものには無関係でも、それとは別にちょっとお茶したいなんてのはいくらでもある。
お祭り以外で、普段関心を持っている事に出会えば、知らずにそちらのほうにも関心が向いてしまうかもしれない。
大通りを作り、そこに人が集まれば商機が増える。
ふと自分が居る場を俯瞰して見直してみる。
実は無料ブログサービスやSNSなどはまさにそこ。
無料で人を集め、そこで広告やキャンペーンを張る。
それには人が多いに越した事はない。
また、注目を集められないキャンペーンよりは効果があがるキャンペーンである事が、参加者も企画者も有益。
上述の、当方のリンク記事についてはその辺までシナリオを描けていたかと言うとちょっと疑問。
描いてあったけど隙があったと言う事なのかもしれない。
事の成り行きを思い返すと、注目が集まる事そのものに舞い上がってしまったのかも知れない。
裏で保険やカード等々商材や勧誘を扱っている様子だった。
うまく話しを転がし引っ張る事が出来れば・・・
保険(入院や亡くなった事に対するもの。事故)
カード
等々と結びつくような話ではあったと思う。
自分はそんな憶測をしている。
最初から、例えばフィクションです。
創作した事例です。
こんな事になってしまう可能性だってありますよね。
その為に是非、こんな保険検討して見ては?
という事であれば、その創作性を認められたかもしれません。
しかし、そのような注意はなく、今まさに起きている現実として中継されているようでした。
家族からしたら、そんな痛ましいブログを止める事なく引き継ぐ事の意味も見出し難いはず。
でも、裏になんらかの効果や意図があるなら続ける意味はあるでしょう。
また、訃報を広めて欲しいとアピールする意味もあったでしょう。
本当のところはどうかわかりません。
自分の憶測です。
しかし、その事例を見てしまった為に、闇雲にお友達を募るのは兎に角商機みたいなものや競争意識を満たす事を優先しているのだなと思えてしまいました。
コミュニケーションと利用も無い膨大な人数のお友達等を抱えた状態で、大袈裟なタイトル、思わせぶりなタイトル。
親しい身内の集まりであれば、あ〜またネタでやっているな〜とほのぼの面白いのですが。
そんな騙しと思えましたので、当然商売がらみ、大袈裟なもの、闇雲にお友達登録稼いでいるものに疑いの眼差しを向けざるえませんでした。
でも、振り返って見てみると今までのマスコミってこれそのものなんですよね。
どこかにネタのセンターを作っておき注目を集める。
視聴率を稼ぐには、つまらない番組では無理。
多少の強引さがあっても、目をひくように作ってしまう。
そこにリンクやトラックバックを集める。
mixiニュースなんてはその辺の効果相当高いでしょう。
同じニュースで個人個人日記をエントリーし話題の交換が可能。
ただ、外部からは見えて居ないはずと言う前提に立っているため、脊髄反射的な反応になったり、過ぎた論になってしまったり。
騙し要素や、むやみやたらな繋がりが無ければいいけど、そこに儲けという意図故の不自然さが透けて見えてきてしまった時の憤り。
そんな事がありました。
この時点でやたら人が多い。
何か商売、商材のにおいがする。
そういうものに非常に嫌悪を持ってしまいました。
(続く)
テーマ:雑記 - ジャンル:ブログ
ありがとうございます。いずれか一押し、励みになります。
admin edit
[ 2008/01/13 22:30 ]
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”ウェブにある限り、いつもそこにある”より連想
ウェブにある限り、いつもそこにある - 更新を止めたサイトからのリファラを見て - 忘却防止。
二度と更新しなくなったサイトからリファラを受け取ったときに覚えた感情を、忘れないうちに書き留めておきたいと思います。
そして、そういうサイトやもう更新が止まったと思ったサイトに、またぽつぽつと記事が増えていた
そんな活動の証であったり、存在して居たモノが残した灯火みたいなものについて書かれていました。
忘却防止-そのブログタイトルであるからこそのエントリーと言うか。
ファンや読者、気になるブログなどブログを通じてのつながりであったから、たまたま掃除中に見つけてセットしたレコードを再生して、記憶を辿り思いを巡らせられる事からくる昔を懐かしむのにも似た安堵の気持ちなんだと思います。
まだ忘れていなかった。
「そういえばこんな感情、思い、情景・・・今から思い返してみると・・・」なんて感覚というか。
おそらく、自分の中で消えさる事無くしっかり結びついている。
それを手繰り寄せる事が出来るような感覚。
自分の中にまだ根付いたまま残っている何かの感覚を振り返るように。
或いは、それによって自分の過去をも再確認しているのかもしれない。
確かに踏みしめ、出会い、別れて来た道がある事をふと確認出来るからなのかも。
山を散策して、道すがらに咲く見事な花に感嘆しつつも更に道を進めていくような。
そう言えば、ネットの中を巡るのも、山歩き、散策、或いはお気に入りのドライブコースやウインドショッピングをするのにも似ているかも。
ただ、それが現実でのお付き合い込みのあまりに近しい人のブログであったりだと、しばらくは痛みと悲嘆に暮れて正視できなくなってしまうかも。
それでも歩を進めていかざる得ず、やがてその先の道を歩んでいくような。
そうやってまた新たな出会い別れを通し、時は優しく包んでくれるんだろうな。
その時に昔にふと立ち返り、往年のその人、更に当時の自分自身に出会える事もできる。
そういう意味では、もしかしたら忘れたくても残ってしまう、ネットと言う記憶装置なんていう側面もあるかもしれない。
テーマ:つぶやき - ジャンル:ブログ
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[ 2008/01/13 19:11 ]
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音楽の、今後のビジネスモデル
はてなブックマークのfavoriteを眺めていたところ以下の記事が目に付きました。
音楽の次世代ビジネスモデルは広告ではなく、アーティストの付加価値。 - MyLifeFor.そう言えばレコードって何?
record
録音
何に録音するの?
何で録音するの?
再生できるように・・・
アーティストが演奏したり表現する様子を手軽に再現する機会を提供。
それがレコードやカセット、CDと言うメディアでそれぞれ専用の再生機器に支えられていた。
音楽そのものがまだメディアに封じ込めておけた。
メディアを通じて配布、販売が可能であった。
しかし、今はデータとしていかようにも流通しうる。
そうしたら、アーティストの音楽だけをパッケージするのでなく、アーティストの行為、取り組み、思い、そういうものもあわせて届けられないかを検討すべきだろう。
それによってアーティストとファン、視聴者とがより深い繋がり、関係性をもてるように。
逆に言うと、アーティストもそれに答えられる度量が求められるだろう。
とすると、アーティストとファンや視聴者の間に生じる体験を、再現体現できる親密な場をいかにプロモーションしてみせるか。
メデイアありきではなくて、機会をいかに生み出すか?
またそんな機会を場合によってはアーティストとファンとのコラボレーションとしてレコードし、メディアにしていくか?なんて感じ。
そんな事こそがレーベルやレコード会社が今後すべき事って感じなのかな、なんて思いました。
アーティストの付加価値 → アーティストとの付加価値
なんて具合にファンを如何に巻き込んでしまうか?
なんてあり方も面白そうだな〜なんて思ったりした次第。
テーマ:音楽のある生活 - ジャンル:音楽
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[ 2008/01/10 16:40 ]
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CDが売れなくなった?
この数年、iPod などの台頭でCDが売れなくなったなんて話も耳にするようになりました。
その辺、人々が欲しているのは音楽なのか、音楽をツールとしてコミュニケーションする為なのかという、関係性、繋がりと言う視点から書かれたエントリー。
すちゃらかな日常 松岡美樹 CDが売れない「本当の理由」
すちゃらかな日常 松岡美樹 「関係性の病」に侵された人に売れるコミュニケーション・ソング
興味深く読まさせて頂きました。
ただし、今回これらのエントリーの元になった記事の本意はこんなところだったらしいです。
2008-01-05■[音楽] 音楽の「質」の話とか - くだらない踊り方
今から20年くらい前と言えば、歌手はTVやコンサートに忙しく、いかにメディア露出するか?そして、メディアもそれを目玉にするか?
TVなどでの放送回数が多く頻繁に見られれば、当然話題や関心が向く。
CDも売れるなんて感じだったでしょうね。
そうこうしているうちにおにゃんこクラブなど、一億総アイドル化と言うか。
歌手とミュージシャン、そこにアイドル。
何を表現するのか、表現したいのか?、そういうのが曖昧なままオリコンチャートなどに引きずられる形でCD売り上げに終始してしまったなんて現実があるのかもしれませんね。
パッケージングや見せ方、伝え方。
レコードショップを通じてパッケージングされた音楽を売る。
でもネットでの配信という方法が見出され必ずしもCDと言うパッケージで無くてよくなった。
CDというメディア形態にある限り、CDプレーヤーの枠を超えられない。
一方でシリコンプレーヤーがどんどんどん出周る。
そうなれば当然アーテイストを越えた好きな曲を集めて楽しみたい。
女性などは、それこそファッションやアクセサリーをとっかえ引返して楽しむ感覚で好きに楽しみたいでしょうし。
音楽って利用っていうような観点から行くと、ファッションとかに近いのかもしれませんね。
楽しめる。感覚にあう。気分に合う。
そうすると、CDと言うパッケージは下手をするとお仕着せのレディメイド、なんんて感じになっちゃうかも。
それよりもオーダーメイドが出来ればそれに越した事は無い。
音楽などの製品、作品はそれらが利用者に委ねられ、どう受け取られどう活用されるか?まで見越した送り方、届け方、そんなところまで気を配るべきとこまできたのかも。
もしそうであれば、アーティスト自体が、自身の体験や心の動きのままに思いを綴る。その思いにあわせた自分のお勧めセットみたいな形でセレクションして、それを象徴するメッセージやイメージ画像、動画を一緒にセットにして提供する。そんな事も面白いかもしれませんね。
そんな形が取れるなら、アーティストも自身が受けた影響やインスピレーション元をセットにして届けてみたい、なんて動きが出てきたら、相互関連性や繋がり、ルーツなんてが追いかけられて興味深いかも。
ミュジシャン自身のファンであれば、そんなのも追いかけてみたくなるかもしれませんね。
と、きまぐれ、つれづれなままに。
テーマ:日記 - ジャンル:音楽
ありがとうございます。いずれか一押し、励みになります。
admin edit
[ 2008/01/08 05:09 ]
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Googleがリスティングやマッチングで、適性診断するようになったら?
ポータルとブラウザの終焉 - 雑種路線でいこう
ブラウザやポータルサイトのコモディティ化について書かれていました。
立ち上がり当初、ブラウザの勇として一世を風靡したネットスケープ。
IEにシェアを食われ続けそこでポータルと言う仕組みを導入して息を吹き返した。
しかしこれはいわゆるサービスプロバイダーなど、自社サービスでユーザを抱え持つところであればどこでも援用できた。
そしてなるべくしてポータルサイトがどこでも見られるようになった。
2008/01 Yahoo Japanのポータルページトップ変更によって、よりどこでも一緒感覚が強くなってきている。
そして、そんなポータルに変わりアメリカのフェイスブックサービスや携帯コミュニティへ。
探す無駄、手間すら省きたい。
欲しいもの、情報に一発でたどり着きたい。
しかしこれって、自分で使っているの?
ランキングなんても誰が何を元にどこから算出して導き出したの?
そんなのも知らないまま釣られて行く。
大スポンサーが提供する情報であれば、巧妙にランキングが操作されていてもおかしくない
使っているようで、使わされている、まんまと踊らされている可能性。
携帯ユーザーがPCユーザーをDisっているとかも見受けられる。
ところで携帯向けのサイトやサービスって携帯で出来るの?
PCを通じてじゃないと作れない。
すると、ユーザーの思惑とは別の操作があれこれ入っている可能性が高い。
そういうリスクも知っての上であれば問題ないが、それも知らずだったら?
携帯みたいに量も質も望めないのに課金での収益が上がるのは?
自分で出来るけど、手間だから人にやってもらう対価か?
使う、いや下手をしたらそうとは知らずに使わされているのだとしたら?
今の携帯サービスは、兎に角消費を促す方向にしか向いていないだろう。
レジデント初期研修用資料: 初夢:全共闘オンライン
社会的に鬱屈、鬱積した事が沢山ある。
医療の現場など医師となったが故のリスクを考えると身の振り方を考え直した方が良いなんてとこまで来てしまっているらしい。
(産科医など特に)
又、育児関連では働いていないから子供を預ける資格が無い等。
現代って学生運動などにならないのが不思議なとこ。
と言うか、そんなパワーはもうなくなってしまったのだろう。
変え難い世代間での意識の乖離
この社会になったのは何故?
何を契機にこうなってしまったの?
何故歯止めがかからなかったの?
スタイリストがトータルコーディネートして2万くらいで送ってくれるサービスが凄い件 - I am Cruby!
ファッションの醍醐味といえばコーディネート。
カリスマ店員とかも居るけど、こういうのもいいですね。
ショップと店員。
ネットショップにコーディネーターやアドバイザーが居る。
そこにオーダーを出す。
すると、好みだったり提案が返ってくる。
子供の勉強向けサイトも考え方は似ているかもしれません。
お料理関係とかもいいかもしれません。
ようは、自分では苦手、面倒、難しい、そういうに対して提案だったり、マッッチングをしてくれる。
ネットのコミュニティなどもあちこちに沢山見かけられるようになってきています。
そういうところで何かサービスを提供できないか?なんて考えていたりする場合、面白そうですね。
【Watcherが展望する2008年】 コモディティとならざるもの:小飼弾 404 Title Not Found:ITpro
色々とりあげられていますが、最終的にはおもてなし。
現代の世界で取り巻いているのは大量生産、大量消費。
誰の為の、そんな意識が外れてしまい、売れるもの、売れそうなもの、売れるように。
使う人ではなく、企業論理が優先されてしまっている。
おもてなしは、この人に喜んでもらう、楽しんでもらうには、
自分としては、こんなものを提案、提示してみたい。
不慣れであれば、少しばかりの配慮を利かせ、常連さんであればちょっとサプライズを入れて等々。
顔や個性のある人を相手として意識しなくていいのか?
微妙なマッチングの外れが不調和や不協和音を呼んで居ないか?
そして、いつまでも消費者と呼んでいていいのか?
消費という呼び方に基づく仕組み自体のパラダイムシフトが必要なのでは無いか?
レジデント初期研修用資料: 疲労する自意識がたどり着くところ
最近のランキング
また、声の大きな人の意見に収斂されてしまう仕組み。
それを散らす事ができたら面白そう。
よくある殿堂入りなんては手っ取り早いやり方だろう。
だって、政治の世界なんてでは任期は決まっている。
殿堂入りして、何年か経過したら、再び評価対象なんてのも面白いだろう。
色々な価値感に基づくランキングが見られたらとても面白そう。
人気なんかじゃない、特徴を捉えられたら。
私たちは、インターネットに恩返しをする責任があるということ。 : tokuriki.com
こちらは、インターネットがあったからこそ道を見出せた。
ならばキチンと向き合って出来る事をしていかねば、と言った決意表明とも言えるエントリ。
ところで、インターネットを利用していて良かったな?
なんて思う事があったのだとしたら?
又、誰かを陰ながら支援できたら?
そんな事ふと思った事があるならこんなのどうだろう。
良いな、とかこれは?と言うエントリーに対して、トラックバックを送ったり、関連エントリーを起こしてリンクを張る。
Googleから見れば、リンクが沢山張られた記事やサイトは価値が高いはず、なんてアルゴリズムが仕込んであるらしい。
最近はSPAM対策で必ずしもそれがそのまま適用される訳ではないようだけど、基本は変わらないはず。
誰か?もしくは何かこれはと言うエントリーがあったら、記事を起こしてリンクを張るのは、まさにインターネット上の、投票や支援になりえるかな?なんて思ってみたりした。
高校生が考えた「プログラマーを人気の職業に押し上げ」るには? - 高校生奮闘記
カリスマプログラマーなんてやったらそれこそ悲惨。
車や家を作る、テレビ番組を作るなんて同様に、それぞれの役割や範囲がキチンと分担されていて、こなすべき作業が見えている。
そういう方向性が必要。
一番タチが悪いのは「俺は世の中と一体になっているから変わる必要がないけど、お前は変われ」という人間 - こころ世代のテンノーゲーム
現在の大量消費をベースにした社会。
ここでは上下関係、地位のある人、声の大きな人が力を持つ。
やっぱりパラダイムシフトが必要なんじゃないか?
世の中がいい方向に向かいうる事を提案する、そこに協力する、そういう人や団体、組織
そういうのが重要視されたら?
取り留めないのだけど、上手く循環するような方向性が出て、そういうとこに焦点が向けられるようになったら?
今の常識を単純には当てはめる事は出来なくなるのだろうけど。
車をほしがらない僕たちの欲望はどこへいくのか(2) - Newborn Baby! たった今、うまれました。
こちらも、一つには社会の閉塞が大きいだろう。
大量消費、マスコミ優先。
これをやっていくと明確に勝ち組と負け組みが出来ていくだろう。
人より余計に儲ける。それの連鎖はその分だけ人より儲けられない人を生む。
パイの取り合いゲーム
それを飽きずに、そして将来を省みずに続けてきたから、なるべくしてなった社会。
若者の雇用が無い。
就業の困難。
車を買うような余裕は無くなってしまう。
余裕が無ければ意識しないのが一番。
おそらく、社会が良好な循環を有むスタイルでなく、負のスパイラルで構成されているから・・・。
消費型を続けていけば、モノは飽和する。
そのくせ消費者は貧困に陥っていく。
「貫くほどの好き」が見つからない! - モチベーションは楽しさ創造から
このままでは成果主義で会社がつぶれる (ザ・ターニングポイント):NBonline(日経ビジネス オンライン)
エンジン開発 - R25.jp
企業の広告塔として最大の効果を発揮していたF1グランプリ。
より良い消費の為であったのであろう。
我がチームはどこよりも優れるこんな素晴らしい製品、商品を送り出す能力があるのですよ
そんなチームを我々スポンサーは支援しています。
そんな、どこよりも優れたチームの技術的裏づけとその取り組みに対するスポンサード。
でも中国等の旺盛な社会的発展への取り組み、政情不安、金融関連での様々な操作、問題。
そんなところだったりで原油価格の高騰。
更には地球温暖化と言う環境問題。
もう省エネルギー、エコ、環境に優しい、そういう方向を向かない企業は支持されなくなりつつある。
そうこしていたらF1って、まさにその先鋒だった。
今までのままの、飛びぬけるため、勝ち抜くため、それをアピールするための技術競争競争をしていたらデスロードを突っ走るのみ。
ならば、レースの心臓であり勝ち抜けに一番利くエンジン開発を凍結してしまう。
そして使い捨てであった運動エネルギを再利用する事を推奨する。
これにより、回生エネルギー利用が有効となり、モータ、発電、バッテリー、逐電の技術が更に見直される。
更に一番の肝であるエンジン開発を凍結することで、それ以外の技術でアドバンテージを見出すしかない。
限られた資源をいかに再利用するか、有効利用するか?その為に見直せる事はないか?
そういう使命を与える事で、環境問題に寄与できる優れた研鑽のステージ。
そういう意義を見出したF1。
パラダイムをシフトする事で、存在理由はキチンと示す事ができる。
【お知らせ】「ジョジョ立ち」「ロリ校長」も NHK BSで「ネットの面白さ発掘」番組 - ITmedia News
一番はなんと言ってもニコニコ動画だろう。
NHKがやって見せたと言うのは流石。
NHKとしては、安易にネタに走っての視聴率稼ぎなんて間違っても許されない風潮があるのじゃないだろうか。
時代や社会をキチンと見つめて提示する。
2007年に放映された、Google、ブロガー関連番組なんてあたりも、やはり流石の取材力、構成力。
ネット☆スター
その中でさりげないけど聞き逃してはいけないことば。
ニコニコ動画なんかでも作者や原作者に金銭などの利益が環流するようになればいいのに
と言うぶっちゃけ。
まさにそこでしょうね。
気持ちはありがたい、嬉しい、でも実利がキチンと伴う。
そういう仕組み、社会であれば理想的
ニコニコ動画的なステージを用意しつつ、実利にも利くような仕組みづくりが理想的。
[N] アフィリエイター収入「20万円以上〜50万円未満」は10.8%
こちら、気になります。
副業、お小遣い稼ぎ。
そう考えるとこんな儲かるわけ無いと思えます。
でも、世の中って流通や小売を職業にしている人はいくらでもいる。
そう言う人達が アフィリエイトに手を伸ばしたら、「20万円以上〜50万円」ってのは言っちゃうもんじゃないのか?
もしも何か店を持ちたいなんて気持ちが元々ある人だったら、ECサイトの前段階としてのアフィリエイトなんてのもあるのかもしれない。
ネットだからこそ買えるもの、買い易いものなんてであれば、十分商売やその仲介は果たせるのではないか?
アマゾンなんてはまさにそのものだと思います。
13歳のハローワーク 公式サイト
自分の適性は何か?<