-------<以下リンク先記事冒頭部分引用>----------
My Life Between Silicon Valley and Japan - 取り返しはつかない
深く深く共感する文章と出合った。
新潮9月号に掲載された養老孟司「追悼河合隼雄 取り返しはつかない」である。
河合隼雄さんの訃報を聞いた。病床におられることはわかっていたし、多くの方と何度か河合さんの病気の話はしたから、いまさら驚くことではない。ただなんとなく腹立たしい思いがないではない。なぜ文化庁長官なんか、長いことやらせたのか。
高松塚古墳の絵にカビが生えたという問題があって、河合長官が頭を下げてまわったという話を、風の便りに聞いたような気がする。そんなことがなくても、そもそも他人のストレスを解消するのがお仕事だった。
もったいないなあ。この世間は本当にもったいない人の使い方をする。
河合さんのように滅多にない才能をバカな仕事に使いやがって。ついそんな気がしてしまう。
この世間で好きな仕事をしようと思ったら、必要なことはするしかないが、義理は欠くしかないということである。司馬遼太郎は「坂の上の雲」を書いている間、おそらく十年間ほど、大阪の街を顔を上げて歩けなかったと書いていた。一切の義理をその間、無視したからである。河合さんには、もっとそういう仕事をしてもらいたかった。でもあのお人柄ではなあ。そうも思う。
本当に全文を書き写したいほど、この追悼文には共感した。
-------<冒頭部分引用終了>--------
404 Blog Not Found:河合隼雄を使うだって?
こちらでは
”共感するが同意は全く出来ない。”
と。
内容は是非リンク先記事を確認して見て下さい。
現場を知り、そこに残るものと去るもの。
去ったものはNGか?敗者か?と言うと単純にそうとも言い切れないものがあると思います。
しがらみを振り切った、もしくはそこから抜けたからこそ考え言及出来る事もあるんじゃないかと思います。
というか、そう言うものを出して問題提起なりしていかなければ、ある意味役立たずかもしれませんね。
それでも、特定の分野で突き抜けた人は、その才能能力を他者で替えられるものでは無い。
定型的な仕事、タスクと出来るなら、手分けしてでも是非他の方に任せてその才能、能力を存分に発揮していただけたら。
ただ、えてして飛びぬけた才能、能力に上っていった方々は、その見えない苦労を知るが故に、
他者との調整にもとても気を配り、またそれに長けているのですよね。
ある意味を育ててくれた周囲への恩返し。
また、現場に居るからこその浸透力。人格。人柄。
そしてその姿、ありようで後世に何かを伝える事も可能かもしれません。
でも出来ればパイオニアが道を切り開き、皆がそれぞれのパイオニアを目指しつつ、互いにサポートしていく。
ただの理想論と言ってしまえばそれまでなのですが、皆で、結果的に良いとこ取りできる、将来に繋がっていく、繋げていけるような成果や形を残しながらの、共生的な方向に向かえると良いな〜なんて思えますね。
それにしても、社会、仕組み、持ちつ持たれつ、様々な立場なんてがある事を思うと、理想と現実はなかなかに難しい。
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ありがとうございます。いずれか一押し、励みになります。
admin edit [ 2007/08/13 00:32 ]
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